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札幌高等裁判所 昭和47年(ネ)149号 判決 1973年3月29日

控訴人(付帯被控訴人) 国

訴訟代理人 宮村素之 外三名

被控訴人(付帯控訴人)井田耕平 外五名

主文

原判決中控訴人(付帯被控訴人)敗訴部分を取り消す。

被控訴人(付帯控訴人)らの請求および付帯控訴をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人(付帯控訴人)らの負担とする。

事実

控訴人(付帯被控訴人。以下控訴人という。)指定代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人(付帯控訴人。以下被控訴人という。)ら訴訟代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担する。」との判決を、付帯控訴による請求の拡張をして「原判決主文第一項を、控訴人らに対しそれぞれ金七百二万三千三百三十三円およびこれに対する昭和三七年一一月二九日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよと変更する。」との判決を各求めた。

当事者双方の主張、証拠の関係は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一(ただし原判決六枚目表一行目「損害の」から同二行目「三月二日」までを、「被控訴人らが本件土地所有権を喪失した日である昭和三七年一一月二九日」と訂正する。)であるから、これを引用する。

控訴人指定代理人において、

一、本件買収処分は請求の原因に対する答弁として逆べたとおりの事実関係(原判決六枚目表一一行目から同裏一一行目までおよび同七枚目裏二行目から同八枚目裏九行目まで)のもとになされたのであるから、仮りに本件買収処分に所有者につき誤認の点があるとしても右誤認による瑕疵は明白かつ重大とすることはできないから、本件買収処分は当然無効ではない。

二、本件土地は小関久米太が周平から直接、或いは周平からその管理を委託されていた訴外矢幡藤吉から、昭和一四、五年頃より賃借して採草の用に供していたものであり、そうでないとしても矢幡藤吉が周平から賃借のうえ小関久米太に請け負わせて採草の用に供していた土地であるから、本件土地は昭和二〇年一一月二三日当時小作牧野である。

仮りに、本件買収計画に、自作牧野を小作牧野と誤認した瑕疵があるとしても、請求の原因に対する答弁として述べたとおりの事実関係(原判決七枚目表三行目から同七行目までおよび同九枚目表一行目から同九行目まで)ならびに本件土地が自作地か小作地かは外観上明白でなく、むしろ小作地と判断すべき情況、資料が多く存在したのであるから、右瑕疵は重大ではあるが明白ではなく、本件買収処分は、当然無効とはならない。

三、本件買収処分と周平又は被控訴人らの本件土地所有権喪失との間には法律上の因果関係はない。即ち被控訴人ら主張の小幡武夫ほか一〇名が本件売渡を受けて自主占有を開始し、同人ら又はその承継人の一〇年にわたる占有の継続、その間売渡を受けた者又はその承継人に対する被控訴人らの権利の不行使の事実が介在し、最終的に右売渡を受けた者又はその承継人がした取得時効の援用によつて被控訴人らは本件土地所有権を喪失したのであるから、その喪失の直接の原因は右の者らの時効取得にあり、本件買収処分は売渡処分を経て被売渡人らが自主占有をなす縁由を与えたにとまどる。

と述べ、新たに<証拠省略>を提出(いずれも写をもつて提出)し、被控訴人ら訴訟代理人において、「控訴人の主張は否認する。なお、小幡らが本件土地所有権を取得する法律上の原因は本件売渡処分以外にはないし、売渡処分の故に小幡らの善意取得が推認されたのであるから、本件買収処分と時効取得との間には法律上相当因果関係がある。」と述べ、<証拠省略>の原本の存在、成立を認めた。

理由

一、釧路市農地委員会(以下市農委という。)は昭和二三年七月二四日旧自作農創設特別措置法(昭和二一年法律第四三号。以下旧自創法という。)第四〇条の二第四項一号、第四〇条の四、第六条の五に基づき原判決添付目録記載の土地(以下本件土地という。)が基準日である昭和二〇年一一月二三日現在小作牧野であつたものと認定し、右土地につき被控訴人耕平を所有者とする遡及買収計画を樹立し、同日その旨の公告したことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>を総合すると、北海道知事が右買収計画に基づき被控訴人耕平あての買収令書を発行し、昭和二三年九月三〇日これを市農委書記堀内勇を通じて井田周平に交付し、本件土地の買収処分(以下本件買収処分という。)をしたことが認められる。

二、そこで以下本件買収処分が無効であるとの被控訴人らの主張について判断する。

(一)  本件買収処分には本件土地の所有者を誤認した瑕疵があるか。

本件土地がもと訴外三井貞次、同芳野弘子の共有に属したことは、当事者間に争いのないところ、<証拠省略>を総合すると、井田周平は昭和一四年六月七日本件土地を右共有者から買い受けたが、将来これを二男である被控訴人真平に贈与することを予定していたので、形式上同被控訴人名義をもつて所有権移転登記を受けたものの、本件土地は以後本件買収処分時まで周平がこれを所有していたことが認められる。

もつとも、(イ)<証拠省略>によると、昭和一六年六月二一日本件土地につき原因を同日付売買予約として被控訴人耕平のために所有権移転請求権保全の仮登記がされていることが認められ、(ロ)また<証拠省略>を総合すると、市農委が昭和二二年八月訴外小関久米太らの申請により本件土地を周平所有のものとして旧自創法第一五条一項二号、第六条に基づき本件土地の買収計画(以下第一の買収計画という。)を樹立したところ、周平は被控訴人耕平をして本件土地が同被控訴人の所有であるとして異議申立をさせ、さらにその後市農委が昭和二三年六月一五日本件土地を周平所有のものとして同法第四〇条の二第四項一号、第四〇条の四、第六条の五に基づき本件土地の遡及買収計画(以下第二の買収計画という。)を樹立したところ、周平は自ら作成した被控訴人耕平名義の「異議申立書」<証拠省略>を同月二八日市農委に提出したが、右申立書にも本件土地が同被控訴人の所有土地である旨記載されており、なお当時土地台帳にも本件土地が被控訴人耕平の所有として登録されていたことが認められる。しかしながら<証拠省略>を総合すると、本件土地につき前記のとおり被控訴人耕平がいるのに本件土地を二男の所有名義に登記したとの非難がでたので、何らかの形で登記簿上長男の名も出しておくために形式的になされたものであつて、周平と被控訴人耕平間に真実本件土地の売買予約がなされたものでないことが認められる。また<証拠省略>を総合すると、被控訴人は昭和二六年八月市農委を被告とし、第二の買収計画の取消を求めて提起した釧路地方裁判所同年(行)第三号事件及びその訴訟事件である当庁昭和二九年(ネ)第九一号事件(右控訴審において請求の趣旨が、本件土地につき市農委が昭和二三年七月二四日樹立した前記買収計画の無効確認を求める旨変更された。)において、当初は本件土地は本件買収処分の当時自己の所有に属した旨主張していたが、その後実は被控訴人真平の所有土地であつたと主張を変更し、さらに右控訴審の昭和四一年二月七日の口頭弁論期日になつて実は周平の所有土地であつたと主張するなど転々と右主張の変更されていることが認められるので、右認定の事実に徴すると、周平が前記のとおり被控訴人耕平をして第一の買収計画に対する異議申立において本件土地が同被控訴人の所有に属する旨主張させたり、第二の買収計画に対する異議申立として提出された前記「異議申立書」に同様のことを記載したのは、当時本件土地が事実被控訴人耕平所有のものとなつていたからではなく、右各買収計画の取消を求めんがための虚偽の主張であり、また前記のとおり当時土地台帳に本件土地が被控訴人耕平の所有名義に登録されていたのも、周平が右主張を真実らしくみせかけるため本件土地を同被控訴人の所有として登録申告した結果であると認められる。従つて前記(イ)、(ロ)の事実もまた本件土地が本件買収処分の当時周平の所有に属していたとの前段認定を妨げるものではなく、他に右認定を覆するに足る証拠はない。

すると本件買収処分は本件土地の所有者を誤認してなされた瑕疵のある処分であり、右は本件買収処分にとつて重大な瑕疵といわなければならない。しかしながらこのような瑕疵のある本件買収処分を当然無効のものとするためには、単に右瑕疵が重大であるということのほか、さらに本件買収処分の処分庁である北海道知事において、本件土地が右処分時被控訴人耕平の所有とした認定の誤りであることが、外形上客観的に明白であること、即ち右処分時における外形上の事実関係に照すと、何びとが判断しても本件土地が被控訴人耕平の所有土地ではないとの結論をほぼ導き出すであろうと考えられる程度に明らかであることを要するものと解すべきであるから、次に右の瑕疵が果して右に述べたような意味で明白なものであつたか否かにつき検討する。<証拠省略>によると、周平、被控訴人耕平、同真平らは被控訴人耕平が昭和二〇年九月復員してから後昭和二三年一二月まで釧路市富士見町六五番地の周平の自宅で同居していたことが認められるところ、<証拠省略>により明かなように被控訴人真平は第一、二の買収計画に対し何ら異議申立をしなかつた反面、前認定のとおり右各買収計画に対しては被控訴人耕平名義をもつて異議申立がなされて本件土地が同被控訴人の所有土地である旨主張され、しかも第二の買収計画に対する右異議申立は、周平自ら作成した前記「異議申立書」を市農委に持参、提出することによりなされたものであるから、これらの事実からすると周平、被控訴人耕平、同真平らは本件買収処分がなされた当時対外的には挙つて本件土地が被控訴人耕平の所有に属するものであることの態度にでていたものと認めるに妨げなく、加えるに前記のとおり、当時台帳にも本件土地が被控訴人耕平の所有土地として登録され、また本件土地につき同被控訴人のために所有権移転請求権保全の仮登記のなされていたことを併せ考えると、一般に本件土地が本件買収処分の当時被控訴人の所有に属するものではないと断定するであろうと期待することは困難であり、むしろ右認定の事実関係のもとにおいては、本件土地は当時被控訴人耕平の所有土地であると認定することが無理からぬ事情にあつたものと認めるのが相当である。すると本件買収処分には本件土地の所有者を誤認した瑕疵があるものの、叙上説示により明かなように右の瑕疵は到底明白なものとは認められないから、本件買収処分は右の瑕疵があるというだけでは当然に無効な処分とはならない。

(二)  本件土地は前記基準日小作牧野でなかつたとの被控訴人らの主張について。

被控訴人らは、本件土地は周平がこれを買い受けて以来何びとにも小作させたことはなかつた旨主張し<証拠省略>には右主張に副う記載があるが、右記載内容は後記証拠に照し措信し難く、<証拠省略>からは直ちに右主張を肯認することはできず、他に本件土地が右基準日である昭和二〇年一一月二三日当時小作牧野ではなかつたと確認しうる証拠はない。反つて<証拠省略>を総合すると、本件土地は訴外尾留川新治郎が昭和一五年と翌一六年の二年間周平からこれを賃借し、家畜の放牧や採草地として利用していたが、周平は昭和一七年右尾留川との賃貸借契約を合意解除し、同年からは実姉の夫で浴場を経営していた訴外矢幡藤吉に「よし」、「すげ」等の自生の牧草を採草してよいことにして本件土地の管理を委託したこと、そこで右矢幡は昭和一七年、一八年頃は農業を営む訴外小関久米太らを雇つて右牧草を採草し、これを他に売却していたし、昭和一九年からは久米太に本件土地を一括賃貸したので、久米太は以後本件土地を年ごとに適当に区分し、その一部を自ら採草地として利用するとともに、右矢幡の承諾のもとに他の部分を同じく農業を営む訴外斉藤武四郎ほか数名のものに転貸し、同人らにおいてそれぞれ右転借地で採草していたこと、ところが昭和二一年秋草の採草後に周平から矢幡に対し、「今後は自分で本件土地を使用するから返せ。」と申し入れてきたので、矢幡はその久米太との賃貸借契約を合意解除したが、周平は既にこれよりさき矢幡に対し同人が本件土地の管理中適宜第三者に本件土地を放牧地、採草地として賃貸することについて事前の承諾を与えていたことが認められる。<証拠省略>中右認定に反する記載、証言部分は措信し難い。すると本件買収計画において基準日とされた昭和二〇年一一月二三日当時は本件土地は前記賃貸借人小関久米太や転借人らがそれぞれ適法な賃借権に基き採草の用に供していた小作牧野であるということができる。

(三)  買収令書交付の有無について。

買収令書は原則として、被買収者に交付してなされるべきであるが、被買収者に直接手交されなくても、被買収者の住所で同居の親族に手交され、被買収者がこれを了知し得る状態に到つたときは、交付の効力を生ずるものと解すべきところ、前記のとおり本件買収令書は被控訴人耕平と同居している父親周平に手渡されたものであるから、これにより同被控訴人に対する本件買収令書の交付は有効になされたと解すべきである。

三、以上のとおり、結局本件買収処分は無効とは断じ難いから、これが無効を前提とする本件損害賠償請求および付帯控訴は、被控訴人らのその余の主張につき判断するまでもなく失当として棄却されるべきものである。

よつて、被控訴人らの請求を認容した原判決は不当であるから取り消すこととし、被控訴人らの請求及び本件付帯控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 朝田孝 秋吉稔弘 町田顕)

【参考】第一審判決(釧路地裁昭和四三年(ワ)第六五号・昭和四七年四月二五日判決)

主文

被告は原告ら各自に対し、金七、〇二三、三三三円およびこれに対する昭和四三年三月二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

被告は原告ら各自に対し、金一九、四八九、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年三月二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一、請求原因

1 原告ら先代井田周平(以下先代周平という。)は、昭和一四年六月七日、三井貞次、芳野弘子の両名からその共有にかかる別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)を買受け同日次男井田真平(以下原告真平という。)名義に便宜所有権移転登記手続をなし、更に昭和一六年六月二一日、長男井田耕平(以下原告耕平という)、に対し、将来これを贈与すべきものとして、同人のために、本件土地所有権移転請求権保全の仮登記手続をなした。

2 釧路市農地委員会(現在の釧路市農業委員会、以下市農委という。)は、昭和二〇年一一月二三日を基準日として本件土地を原告耕平所有の小作牧野と認定し、昭和二三年七月二四日自作農創設特別措置法(同二一年法律第四三号。以下自創法という。)四〇条の二、四項一号、四〇条の四、一項に基づいて原告耕平に対する遡及買収計画をたて、同日その旨を公告し、これに基づいて北海道知事は本件土地の買収処分をした。ついで、市農委は同法四一条一項一号に基づいて、本件土地の売渡計画をたて、所定の手続を経て、北海道知事が本件土地売渡処分をなし、それによつて、本件土地は昭和二七年一一月二九日小幡武夫、斉藤武四郎、星周太郎、小幡伊勢、増川清司、田中正信、小幡操、斉藤実、小関久米太、工藤周太郎および斉藤久治に対し売渡された。

3 ところが、本件買収計画および買収処分には次のような重大かつ明白な瑕疵があるから無効であり、したがつてこれを基礎になされた北海道知事による本件売渡処分も違法かつ無効なものである。

(一) 本件土地の所有者は、昭和二〇年一一月二三日当時、先代周平であつたもかかわらず、市農委はこれを原告耕平と誤認して、同原告を被買収者とする本件買収計画をたてた。

(二) 先代周平は、昭和一四年六月七日本件土地を買受けてから昭和一九年ころまでの義兄矢幡藤吉にこれを管理させ、同年以降は自らその管理をなし、本件土地に生育するすげなどの草を採草して販売してきたものであつて、かつて他人に小作させたことはなかつたにもかかわらず、市農委はこれを小作牧野として本件買収計画をたてた。

(三) 北海道知事は、先代周平に対してはもちろん原告耕平に対してすら買収令書を交付せずに本件買収処分をした。

4 本件買収計画決定、買収処分および売渡処分は、市農委および北海道知事の次のような過失によりなされたものである。

(一) 市農委は、本件買収計画を樹立するに際し、本件土地の登記簿を調べ、あるいは本件土地の関係者や近隣者から事情聴取をするなどして慎重に調査すれば、本件土地の所有者が先代周平で、原告耕平は単なる仮登記権利者にすぎないものであること、また本件土地が自作牧野であることを容易に知り得たはずであるにもかかわらず、これらの調査をつくすことなく本件買収計画を決定樹立した。

(二) 牧野などの買収処分は都道府県知事が原則とし被買収者である土地所有者に対し買収令書を交付してなすべきものであることは、自創法四〇条の五、一項、九条一項により明らかなところであるから、北海道知事は先代周平に対し買収令書が交付されているかどうかを確認したうえで買収手続を進めるべきであり、また買収令書交付の有無はその交付事務担当者を調査すれば容易に判明するにもかかわらず、これをすることなく、先代周平に対してはもちろん被買収者とされていた耕平にすら買収令書を交付することなく本件買収処分をした。

(三) 北海道知事は、本件売渡処分をする以前に本件買収計画における前記違法を理由に原告耕平の提起した農地買収計画取消請求訴訟(釧路地方裁判所昭和二六年(行)第三号)が第一審に係属したものであるから、右違法を容易に知り得べきにかゝわらず、右第一審の判決すら待つことなく、原告耕平の主張を無視して本件売渡処分をした。

5 被告の以上のような違法行為によつて先代周平は、次の損害を被つた。

(一) 前記のように本件土地の売渡処分を受けた小幡武失ほか一〇名は、昭和三七年一一月二九日本件土地所有権を時効取得するにいたり、先代周平は本件土地所有権を喪失した。

(二) しかして、本件訴訟提起当時における本件土地の交換価格は坪あたり約八、〇〇〇円であつたから、先代周平は本件土地所有権の喪失にともない二二四、四四八、〇〇〇円の損害を被つた。

6 市農委ないし北海道知事の本件買収計画決定、買収処分および売渡処分に関する事務は、被告から委任されたいわゆる機関委任事務であるから、被告は国家賠償法により先代周平の前記損害を賠償するべき義務がある。

7 以上の次第であるから、先代周平は被告に対し二二四、四四八、〇〇〇円の損害賠償請求権を有するところ、先代周平は昭和四五年三月一二日死亡し、原告らはその相続人として同人の権利義務一切を各六分の一宛承継したので、原告ら各自は被告に対し、右損害額のうち一一六、九八八、〇〇〇円につきその六分の一にあたる一九、四九八、〇〇〇円およびこれに対する損害の発生した後である昭和四三年三月二日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二 、請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実のうち、三井貞次および芳野弘子が本件土地を共有していたこと、登記簿上、原告真平に所有権移転登記が、原告耕平に所有権移転請求権保全の仮登記がなされていることは認めるが、その余は否認する。

2 同2の事実は認める。

3 (一)同3の(一)のうち、市農委が原告耕平を被買収者として本件買収計画を樹立したことは認め、その余の事実は否認する。昭和二〇年一一月二三日当時における本件土地の所有者は原告耕平であつた。すなわち、市農委が昭和二一二年六月一五日先代周平を被買収者とする本件土地の買収計画(以下第一次買収計画という。)を定めたのに対し、先代周平は本件土地の所有者原告耕平である旨の申し出を、また原告耕平は昭和二三年六月三〇日本件土地の所有者として異議の申し立てをそれぞれ市農委にしており、さらに原告耕平は、本件土地の所有者として、本件買収計画について、同年八月一二日北海道農地委員会に対し訴願を提起し、ついで北海道農地委員会を相手として昭和二四年四月一日札幌地方裁判所に農地買収決定取消請求訴訟(同庁同年(行)第四号)を、市農委を相手として昭和二六年八月二七日釧路地方裁判所に農地買収計画取消請求訴訟(同庁同年(行)第三号)をそれぞれ提起しており、先代周平は右申し立て、訴願の提起、訴えの提起に際し、原告耕平の代理人として行動していたにすぎないのであるから、以上の各事実に照し合わせ、本件買収計画決定の基準日当時における本件土地の所有者が原告耕平であつたことは明らかである。

(二) 同3の(二)の事実は否認する。昭和二〇年一一月二三日当時、本件土地は小関久米太が直接原告耕平から賃借し、あるいは原告耕平から賃借していた矢幡藤吉から転借して、その採草の用に供していたものであり、そうでないとしても右矢幡が原告耕平から賃借のうえ右小関に採草を請負わせて採草の用に供していたものであつて、いずれにしても小作牧野である。

(三) 同3の(三)の事実のうち、先代周平に対して同人宛の買収令書を交付しなかつたことは認め、その余は否認する。北海道知事は、昭和二三年九月三〇日、市農委の書記堀内勇および委員長長倉長吉を通じ、本件土地の管理人であつて受領権限をも有する先代周平に対し、原告耕平宛の買収令書を手渡し、もつて原告耕平に対し買収令書を交付した。

4(一) 同4の(一)の事実は否認する、本件買収計画は昭和二二年一二月二六日公布、施行の自創法の一部を改正する法律により新設された同法四〇条の二、四〇条の四に基づいて定められたものであるが、同法施行令二九条(昭和二三年政令第三六号による改正後のもの)によれば、本件買収計画を含め牧野買収計画は遅くとも昭和二三年一〇月三一日までに完了しなければならない旨定められていたので、本件買収計画樹立当時、市農委は急速かつ広汎に自作農創設を行うため短期間に多数の農地について買収計画を定めなければならず、また牧野買収計画については一年に満たない期間においてすべてこれを完了しなければならない事情にあつた。ところが、本件土地の登記簿には、三井貞次および芳野弘子から代先周平の次男である原告真平に対して所有権移転登記がなされ、ついで原告耕平のために所有権移転請求権保全の仮登記がなされているものの、本件土地が先代周平の所有に属することを窺い知ることができるような記載はなく、さらに先代周平および原告耕平からは、第一次買収計画に対し、前記のように原告耕平が所有者である旨の申し出ないし異議の申し立てがなされており、一方原告耕平は、市農委を相手として提起した前記訴訟を遂行する過程において、本件土地の所有者は原告耕平であると主張したりあるいは原告真平であると主張し、前記農地買収計画取消請求訴訟の控訴審(札幌高等裁判所昭和二九年(ネ)第九一号、控訴人市農委、被控訴人原告耕平)において、先代周平が原告耕平の補助参加人となるべくその旨の申し立てをした昭和四〇年四月三〇日以後においてもなお本件土地の所有者は原告真平である旨主張し、昭和四一年四月二七日の口頭弁論期日においてはじめて先代周平の所有である旨確定的に主張するようになつたものであつて、その主張はその都度変更されているような状態であるうえ、先代周平、原告耕平、同真平らは家族関係にあつて、これら本件買収計画樹立後の事実に照らしてみても、これらの者から事情を聴取したりあるいは他の本件土地関係者について調べるなりして調査したところで本件土地の所有者を正確に把握し得るような状態にはなかつたことが推察でき、したがつて第一次買収計画に対してなされた先代周平および原告耕平の前記のような申し出あるいは異議の申し立てによつて本件土地の所有者を原告耕平と認定し本件買収計画を定めたことが誤りであつたとしても過失はない。

また、買収の対象たる牧野を自作牧野とみるか小作牧野とみるかの点についてはもともと微妙な判断を要するうえ、本件買収計画にあつては、先代周平において少なくとも昭和一四年から昭和二〇年までは矢幡藤吉に対し本件土地の管理一切を委ね、昭和二〇年においては年額二〇〇円か三〇〇円、それ以前においては年額四〇円ないし五〇円程度を賃料として同人から受け取り、昭和二一年に同人から本件土地の返済を受けた事実が存していたのであるから、前記のように極めて短期間のうちに農地や牧野などの買収計画を定めなければならない立場に置かれていた市農委にとつては本件土地が自作牧野であるのかそれとも小作牧野であるのかを判断することは極めて困難なことであつたといわなければならず、したがつて右のような事情の下においては市農委が本件土地を小作牧野と仮りに誤認したからといつて直ちにこれを過失によるものということはできない。

(二) 同4の(二)の事実は否認する。その名宛人が原告耕平であれ、本件土地の買収令書はともかく先代周平に対して手渡されていたのであるから、これをもつて買収手続を進めたとしても過失はない。

(三) 同4の(三)の事実のうち、北海道知事が原告主張の訴訟の第一審係属中に本件売渡処分をしたことを認め、その余は否認する。

5(一) 同5の(一)の事実は認める。しかし、本件買収計画、買収処分および売渡処分と先代周平の本件土地所有権の喪失との間には因果関係はない。先代周平が本件土地所有権を喪失したのは、本件売渡処分後一〇年以上もの間、先対周平がその所有権を行使せず、(本件買収計画、買収処分および売渡処分、なかんずく売渡処分が無効であるなら、先代周平が本件土地所有権を行使するについてなんらの障害もなかつたはずである。)、買受人らが本件土地を自主占有している状態を放置して取得時効を完成させたこと、さらには同人らが右時効の利益を放棄せず、前記農地買収計画取消請求訴訟の控訴審において市農委の補助参加人として右時効を援用したことに基因するのであつて、このような事情は本件買収計画決定、買収処分、売渡処分などをなした当時到底予見し難い特別の事情というべく、いわゆる相当因果関係説による限りこのような特別の事情による損害は市農委の会長、その委員および北海道知事による本件買収計画決定、買収処分、売渡処分から通常生ずべき損害ということはできない。

(二) 同5の(二)の事実は否認する。損害額は本件土地の買収対価に相当する価額をもつて算定すべきであり、その額は二、一〇三円三六銭である。

6 同6のうち、被告に賠償義務があるとの主張は争うが、その余の事実は認める。

三 抗弁

1 消滅時効

先代周平の本訴提起のときには、次のとおり被告の損害賠償義務は時効によつて消滅しており、被告は昭和四六年六月二九日の本件口頭弁論期日において右時効を援用した。

(一) 本件土地の所有者が先代周平であつたとするならば、同人は、昭和二三年九月三〇日原告耕平を被買収者とする買収令書の交付を受けたのであるから、右同日本件土地が買収されたこと、したがつて同人の土地所有権が侵害され、その加害者およびこれによつて生ずる損害を知つたものというべく、その時から三年を経過した昭和二六年九月三〇日本件損害賠償義務は消滅した。

(二) 仮に右主張が認められないとしても、被告から本件土地の売渡を受けた小幡武夫ほか一〇名に対する取得時効が完成した昭和三七年一一月二九日をもつて、先代周平が損害の発生を知つたものというべきであるから、その時から三年経過した昭和四〇年一一月二九日をもつて右義務は消滅したものである。

2 過失相殺

先代周平は、本件買収計画、買収処分および売渡処分が無効であるなら自己の本件土地所有権を行使するについてなんらの障害もなかつたはずであるのに、本件売渡処分後一〇年以上もの長期間、その所有権保全の方法を講ぜず、買受人らが本件土地を自主占有している状態を放置してその取得時効を完成させたものであるから、本件損害の発生については先代周平にも重大な過失がある。

四 抗弁に対する認否

1 抗弁1は争う。

原告耕平と市農委間の前記農地買収計画取消請求事件について上告審の判決言い渡しのあつた昭和四二年九月一四日から消滅時効の進行がはじまるものというべきである。

2 同2の事実は否認する。

第三、証拠<省略>

理由

一、本件土地が、原告主張のような経過で北海道知事によつて自創法に基づいて原告耕平所有の小作牧野として遡及買収され、ついで、昭和二七年一一月二九日、小幡武夫ほか一〇名に対し売渡されたことについては当事者に争いがない。

二、そこでまず、右買収処分および売渡処分が無効なものであるかどうかについて検討する。

1 <証拠省略>によれば、先代周平は昭和一四年六月七日、三井貞次、芳野弘子の両名からその共有にかかる本件土地(右両名が本件土地を所有していたことは当事間に争いがない。)を買受け、右同日、便宜上次男原告真平名義で所有権移転登記を経由したこと、その後、先代周平の複雑な家庭事情がからんで次男名義で登記したことに親類すじから異議がでたため、昭和一六年六月二一日、名目上売買予約をしたことにして、長男原告耕平名義の所有権移転請求権保全の仮登記をしたこと、しかし、先代周平は将来はともかく、右原告真平あるいは原告耕平名義で登記した当時、同原告らに本件土地を贈与する意思はなく、まして本件土地を原告真平のために買受けたものでもないことが認められる。

もつとも<証拠省略>によれば、本件買収計画に対し原告耕平名義で異議の申し立てをし、ついで同原告名義で訴願を提起し、さらに北海道農地委員会を相手に札幌地方裁判所に、いずれも本件買収計画取消訴訟を提起し、右後者の訴訟において、本件土地の所有者は真平である旨主張し、あるいは先代周平が証人としてその旨証言していたことが認められるけれども、右証拠に前記証拠をあわせ考えれば、右異議申し立てあるいは訴訟の提起、その進行については原告は実質的になんら関与しておらず、先代周平に相談することなく同原告名義で書面を作成し、代理人を選任するなどして右訴訟を遂行していたこと、また右異議の申し立てあるいは訴訟においての不服の中心は、本件土地を小作牧野と認定したことにあり、所有者が誰れであるかについては力点が置かれておらず、本件土地が小作牧野とされたことを攻撃する前提として主張ないし証言されていたものにすぎないことが認められ、さらに前記のごとく本件土地の登記簿には先代周平名義の登記がなく、原告真平あるいは原告耕平の名義の登記が存したことから右のような主張をしたものと推認されるところであるから、右<証拠省略>の存在はいまだもつて、前記認定を左右するに足りず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

したがつて、本件買収計画が樹立された当時、本件土地は先代周平の所有に属していたものである。

2 また、<証拠省略>を総合すると、先代周平は本件土地を買受けた後、昭和一五年、一六年は尾留川新治郎に賃貸し、同人は自ら採草地として利用していたこと、その後昭和一七年から昭和二〇年にかけては、矢幡藤吉に賃貸し、同人は小関久米太ら人夫数名を雇つて採草し、これを他に売却してきたこと、しかし終戦のころ先代周平は右矢幡に対し、「これからは自分で使用するから返してもらいたい」旨の申し入れをし、昭和二一年以降は、先代周平自ら三品常松や右尾留川らを雇い本件土地の採草をしてこれを売却していたこと、本件土地における採草は遅くとも毎年八月中には終了することが認められるので、<証拠省略>はにわかに採用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

ところで、右認定事実によれば、先代周平は昭和二〇年度の採草が終了した後に、前記矢幡との間の本件土地賃貸借契約を合意解除し、遅くとも本件買収計画の基準日たる昭和二〇年一一月二三日当時は、自ら本件土地を利用するために、その返還を受けていたものと推認するのが相当であるので、右当時本件土地は小作牧野ではなかつたというべきである。

3 してみると、原告ら主張のその余について判断するまでもなく、本件買収計画は、所有者先代周平を原告耕平と、自作牧野を小作牧野といずれも誤認した点に瑕疵があつた違法な計画の樹立であり、この瑕疵は重大かつ明白なものであるから本件買収計画は当然に無効である。したがつてまた、右計画を前提としてなされた一連の行政処分である本件買収処分および売渡処分も、右瑕疵を承継し違法なものであつて、当然無効といわねばならない。

三、次に市農委の前記認定の違法な計画の樹立が、市農委を構成する委員の過失に基づくものであるかどうかについて考察する。

1 <証拠省略>によれば、市農委は、昭和二二年八月ごろ本件土地について所有者先代周平とする買収計画を樹立したが、買収対象地といえるか問題があつたため先代周平の異議申し立てに基づいて計画を取り消したこと、その後また本件土地を買収する旨の計画案を作成し、昭和三二年六月一五日開かれた第一九回市農委において、先代周平所有地として右買収計画を決定したが、その後同年七月二四日の第二〇回市農委までの間になんらかの事情によつて所有者を原告耕平と変更してその後の手続を進めたこと(この点につき、被告、先代周平の申し出によつて変更した旨主張し<証拠省略>のうちには、右にそう供述部分があるけれども、前掲証拠によれば、所有者を原告耕平と変更するための市農委が開かれた形跡はなく、また、右計画に対する同年六月三〇日付、市農委同年七月三日受付の原告耕平名義の異議申し立て書においては、本件土地の所有者についてはなんらふれるところがなく、その不服の理由は、本件土地が小作牧野でなく、小作人からの買収申請はありえないということであつたことが認められるところ、この事実に照らすと、右各証拠はにわかに措信しがたく、他に右事実を認めるに足りる証拠もない。他方、本件買収計画立案に際して市農委は、土地台帳を調べたが、登記簿は調査せず、先代周平からは事情聴取したことがあるものの、原告耕平には、まつたく事情を聞くことがなく、市農委の委員中には先代周平と近しい者もおり、本件土地が先代周平のものであると考えていたにもかかわらず、右のとおり変更するについて格別の調査をしなかつたことが認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかして、前記のとおり本件土地の登記簿には原告真平名義の移転登記および原告耕平名義の所有権移転請求権保全の仮登記が存したのであるから、右登記簿を調査すれば、本件土地の所有者を原告耕平とするのには問題のあることが容易に判明し、右原告らあるいは前所有者の三井、芳野らから事情聴取すれば本件土地の所有者が先代周平であつたことが確認できたであろうことが充分推察されるところであり、この程度の調査は市農委として当然なすべき職責に属するものと考えるのが相当であつて、これをしなかつた市農委には過失があつたものと認められる。

もつとも、前記のとおり原告耕平名義で異議の申し立て、取消請求訴訟を提起し、そこにおいて本件土地の所有者は原告耕平あるいは原告真平または先代周平であると区々の主張をしていたことおよび右三名が親子であることが認められるが、右主張はいずれも本件買収計画が決定された後、右計画の取り消し、あるいは、無効確認を訴求する過程でなされたものであるから、この事実をもつて直ちに先代周平あるいは他の本件土地関係者について調査しても本件土地の所有関係を正確に把握し得る状態になかつたものと推断することは相当ではない。

2 また、前掲各証拠によれば、本件買収計画は、小関久米太ら小作人と称する者の申請によつて、自創法四〇条の二、四項一号に該当するものとして樹立されたものであること、右立案に際して市農委が調査したところ、右計画の基準日たる昭和二〇年一一月二三日当時本件土地が小作牧野であつたか否かについては、右小関らと先代周平あるいは前記矢幡らの主張とはまつたく対立していたが、右小関は当時馬一頭を所有していたのみで、本件土地を賃借していたという主張には多分の疑義があり、右小関ら主張の賃貸借契約には契約書も賃料の受領書もなく、その類もまたそれが定額であつたのか、採草量によつて差異があつたのかも不明瞭であり、他方、昭和二一年からは先代周平自ら人を雇つて本件土地において採草していたことなどが判明したにもかかわらず、農家以外の所有している土地は一応買収するという方針でいたため、さらに調査をつくすことなく、いずれにしろ所有者からは異議が出るということを前提に、当時の世情を反映し、主に小作人側の言い分を重視し、また現地調査した際に採草していた者があつたことを有力な資料として、小作牧野と認定して本件買収計画を樹立したものであることが認められる。右認定に反する証拠はない。

ところで、関係者の言い分がまつたく相反し、契約書等の物的証拠もなく、かえつて計画立案当時は所有者が自らその土地を使用しているような場合に、遡及買収をするには、通常の場合より、より一層慎重な調査が要求されるというべきところ、本件において市農委は右認定のように、異議申し立てのあることを前提に、所有者側の事情聴取を十分つくすことなく、軽率に小作牧野と認定したのであるから、この点に過失があるといわざるをえない。

3 なお被告は、農地改革事業について急速かつ広汎に自作農を創設せねばならない特殊事情があつた旨主張するが、農地買収は農地所有者の権利のはく脱という重大な結果をもたらすものであるから、慎重に行われねばならないことも当然であり、右事情があるからといつて、前記義務をつくさずとも足りるということのできないこと明らかである。

四 ところで、自創法に基づく農地買収処分は公権力の行使としてなされるものであることは疑いをいれないところであり、市農委は国の行政機関として農地買収に関する職務権限を行使するものであるから、被告は公務員である市農委の委員の過失により当然無効な買収計画を樹立し、これを基礎として買収処分をし、ついで売渡処分をしたことにより損害を与えた者に対して、その損害について国家賠償法一条一項に基づいて賠償すべき義務がある。

三 進んで、本件損害について判断する。

1 本件土地の売渡を受けた小幡武夫ほか一〇名が、昭和三七年一一月二九日本件土地所有権を時効取得し、先代周平がこれを喪失したことについては当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、先代周平が本件買収計画に対し原告耕平名義で昭和二六年、市農委を相手に釧路地方裁判所に農地買収計画取消請求の訴えを提起し、昭和二九年五月一三日「市農委が本件土地について昭和二三年六月一五日定めた買収計画は無効であることを確認する」旨の判決を受けたが、これに対し市農委が札幌高等裁判所へ控訴し、その審理中、昭和四〇年六月二八日、先代周平は原告耕平に、前記小幡らは市農委に各補助参加し、右小幡らが取得時効を援用したため昭和四一年一〇月三一日「原判決を取り消す。本件訴えを棄却する。」旨の判決が言い渡され、原告耕平らが上告したものの、昭和四二年九月一四日上告棄却となつて右訴え却下の判決の確定したことが認められる。右認定に反する証拠はない。

そうすると、小幡らが本件土地所有権を時効取得し、先代周平がそれを喪失するにいたつたのは、被告の違法な買収・売渡処分があつたからであること明らかであり、また、土地の所有者としては取得時効期間の進行の事実を知つたとしても、時効中断の措置にでる義務があるわけではなく、まして本件においては右のとおり先代周平名義で被告の違法行為の取り消しを求める訴えを提起していたのであるから、その上さらに取得時効の中断措置を構じていないからといつて、本件土地所有権喪失による損害を所有者の責に帰することは相当でない。

むしろ、不法行為が第三者に対して自己が正当な権利者であると信じさせて売渡し、その占有を取得させた場合には、土地を買受ける者は通常その土地所有権を完全に取得することを望むものであるから、土地の所有者から返還を請求される等自己の所有権がくつがえされる可能性の生じた際に、期間が満了した取得時効の利益を放棄することは稀有の例に属し、時効を援用してその所有権を取得し、その結果従来の所有者が所有権を喪失するであろうことは、不法行為の際に通常容易に予測しうるところであるといわざるをえない。

したがつて被告は、先代周平が本件土地の所有権を喪失したことによつて被つた損害賠償すべきである。

2 しかして、先代周平の本件土地所有権は、前記小幡らが時効取得したのと同時に失われ、この時に損害を現実化したものというべきであるから、時効期間満了のときの本件土地の価格をもつて損害額とするのが相当であるところ、本件土地の時効期間満了時は前記のとおり昭和三七年一一月二九日であつて、鑑定人田中芳雄の鑑定の結果によれば、同月ごろの本件土地の価格は合計四二、一四〇、〇〇〇円であつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

六、被告の抗弁について検討する。

1(消滅時効)

前記のように、本件買収計画の効力をめぐつて法的紛争があり、右計画の取り消しを求める訴えは一審で認容されたが、二審で取得時効の援用があつたため訴えが却下され、昭和四二年九月一四日上告棄却の判決によつて右紛争は終局し、これによつてもはや本件買収計画の取り消しあるいは無効確認を求めることができないことが確定したこと、右計画は原告耕平を被買収者とするものであつて、右訴えも同原告名義で提起されていたこと、しかし、実質的には先代周平が右訴訟を遂行していたことが認められるから、先代周平としては、右訴訟の係属中は、いまだ被告らの本件買収処分等によつて自己の所有権を害されることを確知していたものとはいえず、右計画取り消しあるいは無効確認が許されないものとなつたた右上告棄却判決によつてはじめて、自己の本件土地所有権が害され、被告の本件行為が同人に対する不法行為を構成することを確知したものであるから、本件消滅時効は右上告棄却判決のあつた昭和四二年九月一四日から進行をはじめるものと解するのが相当であり、被告の時効の抗弁は採用できない。

2 (過失相殺)

被告は、先代周平が本件土地の取得時効を中断する措置を講じなかつた点に同人の過失がある旨主張するが、前記のとおり本件買収計画、買収処分は、原告耕平を被買収者としてなされたものであつたため、先代周平名義で右計画取り消しの訴えを提起し、一審では無効確認を求めるものとして認容されたが、市農委の控訴によつて二審に係属中に取得時効が完成し、そのため訴えの利益がないものとして却下されたものであり、一審判決は昭和二九年五月八日になされたが、二審判決は昭和四一年一〇月三一日であつたことが認められるから、一審判決終了時からみて、一般的な経過をたどれば、先代周平が本件取得時効完成前に終局判決を得られるものと考えるのも無理からぬところであるのみならず、被告主張のように論理上は買取計画が無効であれば買収処分、売渡処分も無効であつて、買受人に対し自己の所有であることを直接いつでも主張できるところではあるが、行政処分の取り消しうべき瑕疵と当然無効となる瑕疵との限界は流動的であつて明確ではなく(現に先代周平は、右訴訟で当初本件買収計画の取り消しを求めている。)、買収計画によつて権利を害される者としても、まず右計画なりそれに基づく買収処分の瑕疵を主張してその取り消しあるいは無効確認を求めることで精一杯で、右訴えの提起とその維持で一応安心してしまい、買受人には右訴訟の勝訴後に訴求すれば足りると考えるのもやむをえないということができ、さらに、本件買収計画の被買収者とされた原告耕平名義の右訴えに勝訴すれば、先代周平の権利も保護されることとなること明らかであるから、先代周平が自己の名で訴えを提起せず、または買受人らの取得時効の進行を中断する措置に出なかつたことをもつて本件損害の発生について先代周平に過失があつたものとすることはできず、被告のこの抗弁も採用できない。

七、以上によれば、先代周平は被告に対し、四二、一四〇、〇〇〇円の損害賠償請求権を有すると認めるところ、先代周平が昭和四五年三月一二日死亡、本件原告らがその主張の割合で同人の権利義務を相続により承諾したことについては被告は明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべく、右事実によれば、原告らはいずれも本件損害賠償債権の六分の一を取得したものというべきである。

八、よつて、原告らの本件請求は、被告に対しいずれも七、〇二三、三三三円(円未満四捨五入)およびこれに対する本件損害発生の日の後である昭和四三年三月二日から各支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法九二条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山中紀行 菅野孝久 赤塚信雄)

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